水産資源の生産

オイカワ人工産卵床造成の現場から

初夏、桃ノ木川へ合流する薬師川や滝の口川の橋の上から川面を覗くと、小魚の群れを見かけることがあります。浅い砂地でエメラルドブルーとオレンジ色の婚姻色をまとった魚が追いかけっこをしたり、ぶつかったりしている光景を目撃できたら、それはコイ科の魚であるオイカワです。

フナやウグイなどのコイ科の魚は、多くが初夏から中秋にかけて産卵を行います。オイカワの産卵は、ウグイの産卵時期より少し水温が上がった頃、ワンドや瀬頭、瀬脇、平瀬の流れが緩やかで水深が浅い砂地や小石の川床で行われます。

産卵と言えば、ニュースで報道されるサケの産卵が有名です。サケは海から遡上し、産卵に最適な場所を見つけると、メスが尾鰭を使って川床を攪拌し、丁寧に窪地を掘ります。その間、オスはその場所とメスを守るために激しい争いを繰り広げ、窪地が整うのを待ちます。

窪地が完成すると、オスはメスに寄り添いながら体を振動させて放精し、産卵が始まります。産卵後、メスは上流へ移動し、尾鰭で川底の小石を巻き上げながら卵を丁寧に埋めていきます。

しかし、オイカワの浅い砂地での様子を眺めていると、サケとは少し異なるプロセスと砂が噴き上がる不思議な現象が見られます。以前、この現象をネット検索していたら、現象の答えを解説している動画がありましたので、文末にて紹介いたします。

鮮やかなオスが縄張りを守るように争っている間、メスは縄張り内のいくつかの窪地に何度も体を収める行動が見られます。メスが何度か体を収める行動を繰り返した後、オスがメスに寄り添い、小刻みに体を震わせます。すると、2匹の尻びれ付近から砂が噴水のように湧き上がってくることがあります。この時、尾鰭が見えているので、オスの長い尻びれか、2匹の尻びれで穴を掘りながら産卵しているように見えます。

砂が巻き上がる間、オイカワは小刻みに体を震わせながら川底を掘り進め、2匹の尾部が川底に埋まっているようにも見えます。オイカワが浅い緩やかな流れの柔らかい砂地を好み、オスの尻びれの骨が太く長くなったのは、巻き上がった砂に混じる卵を他の魚が捕食している間に、川底の深い場所に産卵するように進化したのかもしれません。

  1. YouTube 多摩川「オイカワの産卵観察」オイカワの産卵ビデオ。あの立派なシリビレ・・・実は、このように使われていました。
  2. YouTube オイカワの産卵 水槽で飼育しているオイカワが産卵しました。
  3. YouTube オイカワ産卵行動 #日本淡水魚 #aquarium #淡水魚 #日本淡水魚水槽 #産卵 #婚姻色

オイカワ人工産卵床造成

令和6年8月4日(日)、利根川下流域にて群馬県の指示に基づき、オイカワの人工産卵床を造成が行われました。

この日の前橋は、朝9時には気温が30度を超え、昼過ぎには37度に達する猛暑日でしたが、オイカワの産卵床を造成する利根川では、日差しはじりじりと熱かったものの、川面を渡る風は時折心地よい涼しさをもたらしていました。

この日のために、事前に河原へのアクセス道路の草刈りや路面補修を行い、重量のある資材は前日までに仕事の合間を見つけて運び込まれていました。

造成場所はブログで紹介されたように、事前に様々な条件を確認し、実際に婚姻色の確認ができた個体がいた場所、あるいは産卵行動が確認された場所と同様の条件の場所が選ばれました。


大きな石を除く

水量調整

私たち群馬漁業協同組合が管轄する利根川は、県西部から北部、一部の東部地域を流域に持ち、利根川へ直接流入する河川には、西から吾妻川、赤谷川、薄根川、片品川があります。

また、各支流には大きなダムがいくつも作られており、オイカワの産卵期に重なるこの時期には、上越国境や各支流の上流で発生する豪雨、台風の接近による事前放流が行われたり、猛暑による電力需要に対応するため、火力発電や原子力発電に比べ即応性が高いダムによる発電に伴う放流も行われます。

そのため、ひとたび増水すると水位が安定するのに時間がかかったり、強い濁りが何日も続くことも多いのが特徴です。先に紹介した【オイカワは浅い砂礫を好む】という場所は、小河川では見つけやすいのに、利根川ではなかなか見つけられません。

しかし、造成に意欲的な組合員が川を丹念に観察する日々の努力の結果、利根川下流ではオイカワが40~60cmほどの水深でも産卵していることが確認されています。そのため、水量や流速が日々変化することを考慮し、造成作業が開始されました。

まずは、産卵床に不適切な大きな石の除去から取り組みます。造成予定地から取り除かれた石は、産卵床の上流に並べられ、流速調整のために堤防状に配置されます。


ビリ

砂利

オイカワの産卵床はウグイの産卵床に似ていますが、ウグイの場合、流速が≧0.5m/sあり、磯の大きさが2~5cm程度であるのに対し、オイカワの流速はそれよりも遅く≦0.3m/sで、川底は1~2cmの磯に砂が混じっているのが良いとされています。

そこで、通常現場で調達することが多い砂利や磯を、今回は組合で準備しました。これは、オイカワの好む1~2cmの磯(ビリ)を揃えやすく、産卵床の面積と敷厚を計算して、十分な産卵床を作るためです。

少し大きめの砂利とビリの一袋に入っている砕石の重量は30kgを超えています。事前に造成予定地近くまで運び込まれていましたが、自動車は岸辺まで入れないため、数十メートルの距離を何度も往復する必要があります。

私ども群馬漁業協同組合では、産卵床の造成やカワウの追い払い、各種魚類の放流など、組合員の知識と経験、そして体力に支えられて活動を続けております。しかし、年々高齢化が進んでおり、炎天下や厳寒の河川での活動や重労働がますます厳しくなってきているのが現状です。


静かに砂利を入れる

さて、川床が目的の形状と深さに達したら、あらかじめ用意していた大きめの砂利を撒いていきます。産卵床に一様になるように敷き詰めるのですが、オイカワの産卵は小さなポイントで行われることが多いため、川床には適度な起伏が必要です。

そこで、水面越しの目視だけでなく、足裏に伝わる凹凸も感じながら、後で敷き詰める1~2cmサイズの砂利(ビリ)も考慮して丁寧に整地されていました。

大きめの砂利と小さめの砂利を敷き詰めた後は、所々に河原で採取した川砂を撒きます。こうすることで、コケや泥が付着していない砂や礫が適度な隙間を持った川床が出来上がります。

このような川床は、卵が流されにくく、砂や砂利の間を流れる伏流水によって孵化するまで新鮮な水が供給される産卵床となります。


砂と小石の川底

集まって来た小魚

今回の産卵床造成の過程では、パンフレット「水産庁 オイカワの人工産卵床の作り方」に記載されているポイントに従いました。

パンフレットの指針は以下の通りです。

  • 造成時期:産卵が始まる頃(婚姻色の出たオスが見られる頃。増水時は避ける)
  • 造成場所:オイカワの親魚が見られる、水深30cm前後の流れが緩やかな平瀬
  • 川底:砂が混ざった直径1~2cmの石が多い川底にする。砂礫の厚さの目安は5~10cm程度

出来上がった産卵床を覗いてみると、砂混じりの場所や小石が多めの場所など、バリエーションと変化に富んだ川床となっており、映像などで見られるオイカワが自然に産卵している環境に似ている印象でした

水中を撮影した画像の中に、小魚が映っているものが数枚ありました。造成で川底をかき回した直後なのに、魚が集まってきているのは驚きです。(2枚目の中央右側:コイ科の幼魚)


泥汚れを洗う

参加した組合員


造成が終わり、後片付けの段階に入る頃、ふと上流を眺めると、今回の造成地の上流にある先週造成したオイカワの産卵床が、降雨による濁りで泥に覆われているのが見えました。組合員が軽く耕耘すると、赤茶色の泥水が舞い上がり、流されて新鮮な川床が再生されていました。

川にはたくさんの昆虫や魚、それらを食べて生活している鳥やイタチなどがいます。私たち漁業協同組合の活動は、釣り魚の放流や解禁の様子がニュースで報じられることがありますが、その川に住む魚の増殖活動や環境保全についてはあまり知られていません。

良好な河川環境と豊かな生態系を守るためには、単に魚の放流に頼るだけでなく、その川に息づく魚たちの自然な増殖を促す活動が、放流と同等かそれ以上の重要な意味を持つものとなりつつあります。

今回、このような活動を見学していると、増殖に関するマニュアル的な指針はありますが、実際の河川において水産資源の増殖を行う第一歩は、目的の魚がどの時期にどんな場所で、どのようにして産卵しているかを知ることから始まるのだと感じました。